| 830年代、銀山を開いたという四国 伊予の国から来た河野弾正大輔関連の資料を展示しています。周辺に長門町錫製錬所遺跡のスラグがおびただしい量で堆積しており、手前の駐車場もスラグが堆積しているため見学場所にしようと切り明けをしたら隣地の境からもスラグが大量に発見されました。 | ![]() |
【錫製錬ミニ工程場】
| 坑口から運び出された鉱石を20〜30時間焼き、もろくして唐臼で搗いて砕き、小さくしてひき臼にかけて粉にしたものを水洗で純錫と泥を選別。床屋場で錫を溶かし鋳型に流し込んで製品にする過程を再現しています。 | ![]() |
■仙祥郷
日本武尊と弟橘媛の御子 初禰姫誕生。武平治と結婚、系列の始祖となられた仙祥郷の物語などを和歌にしてご紹介も行っています。
■徳台庵
1700年代の終わり頃、髪の長い琵琶弾きの女性が来て、坑夫や遊女の霊を弔ったのがきっかけで、御金堀師 植木武平治が一門の菩提寺に「徳台寺」をおこしたという。現在徳台墓地と寺屋敷が残っています。
■ミャージャカ地蔵
1167年高倉天皇の頃、中国から鉱山技術者の一行が渡って来たとき同行した渡来僧で優れた霊能者。本名は宋泰竜。本来の役目の他、坑内の安全と現状分析、掘り進める方向を占うなど鉱山師の暮らしの中で重要な役割を果たしていました。
■金梅仙が宿るムラおこしの岩
600年代の終わり頃、韓国から渡来した中国系の鉱山技術者。秦の武帝を信奉する優れた霊能者で、山岳信仰をしながらムラ興しにも取組んだ。最初 「木浦(もっぽ)山」と呼ばれたが、天平元年、宗教闘争で勢力が逆転、「きうら」と呼ばれるようになったと言われる。佐藤大膳と武平治とは義兄弟のように絆が強かった。





